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横浜地方裁判所 平成10年(ワ)926号 判決

主文

一  原告の本訴請求を棄却する。

二  原告は被告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年三月三一日から支払済みまで年三〇パーセントの割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、全部原告の負担とする。

四  この判決第二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の請求

一  原告の本訴請求

原告の被告に対する主債務者を訴外株式会社サン・フレーズ(以下「訴外会社」という)とする平成九年一一月五日付金銭消費貸借契約に基づく一〇〇〇万円の保証債務が存在しないことを確認する。

二  被告の反訴請求

主文同旨

第二  事案の概要及び当事者の主張

本件は保証債務の成否が問題となった事案である。

原告は、知人からの依頼により、一〇〇万円の限度で保証人となることを承諾したにすぎず、一〇〇〇万円の保証をしたことはない旨主張し、予備的に錯誤無効又は信義則違反を主張する。

被告は、原告との間に一〇〇〇万円を限度とする根保証契約が有効に成立した旨主張する。

一  被告の請求原因

1  被告は、平成九年一一月五日、訴外会社に対し、次の約定で、一六五〇万円を貸し付けた。

① 元金返済方法 平成一一年一二月二六日に一括払い

② 利息の支払方法 年29.2%とし、毎月二六日に支払う。

③ 遅延損害金 年40.004%

④ 期限の利息喪失特約 訴外会社振出しの手形・小切手が不渡りとなったときは、当然に期限の利益を失い、直ちに全債務を一時に弁済する。

2  原告は、被告に対し、平成九年五月二六日、訴外会社が被告に対して負担する債務について連帯してその支払に応ずる旨の一〇〇〇万円を限度とする根保証契約(以下「本件根保証契約」という)を締結した。

3  訴外会社は、平成一〇年三月一六日には既に手形交換所の取引停止処分を受け、前記特約に基づき期限の利益を失った。

そこで被告は、原告に対し、同年三月三〇日までに債務の返済をするよう催告した。

4  よって、被告は原告に対し、根保証債務として一〇〇〇万円及びこれに対する右催告の翌日である平成一〇年三月三一日から支払済みまで前記約定の利率のうち利息制限法の範囲内である年三〇パーセントの割合による損害金の支払を求める。

二  原告の認否及び主張

1  請求原因1の事実は不知。

同2の事実は否認する。

同3のうち、原告が被告からその主張のとおりの催告を受けたことは認め、その余は知らない。

2  原告の主張(積極否認)

(1) 原告は、平成九年五月上旬、中学時代からの親友である訴外中川新一(以下「中川」という)から、一〇〇万円を借入れるために保証人になってほしいと依頼され、これを承諾した。

(2) 原告は、同月二三日、実印と印鑑証明書を用意して、中川が代表者である訴外会社の経営するスパゲッティレストランに出向いた。

その場に被告が訪れ、すぐに契約ということになり、原告は、被告から何枚かの書類を示されて署名捺印を求められ、被告の言われるまま、それら書類に署名捺印し、印鑑証明書を手渡した。

右書類のうちの一枚が「根保証契約書」(乙第二号証)であったと思われるが、原告が右書面の署名押印する際には、被告からそれが根保証契約書であることを何ら説明されず、単に一〇〇万円の融資のためのものであるとの説明を受けただけであった。

また、同書面の一〇〇〇万円の金額欄は空白のままであった。

さらに、同書面の日付欄の同年五月二六日には、原告は被告にさえ会っていないし、原告が根保証契約書や金銭消費貸借契約書の写を受領したこともない。

(3) その後原告は、同年一一月中旬頃、中川から前記の一〇〇万円は返済したので安心するようにと言われ、安心していたところ、平成一〇年三月六日、中川から呼び出され、同月八日訴外渡辺和彦から原告が一〇〇〇万円の連帯保証をしていることを聞かされ、驚きかつ憤慨した。

(4) 右のとおり、原告は、そもそも根保証の意味を全く知らず、一〇〇〇万円の根保証をする意思もなかった。原告は、友人の頼みで一〇〇万円だけの保証であれば返済も可能であると考えてこれに応じたものである。

また、原告が保証した一〇〇万円は返済されているから、原告が被告に対して負担する債務は存在しない。

3  錯誤、信義則違反

仮に外形的に被告主張の根保証契約の成立が認められるとしても、原告は、一〇〇万円の個別の保証契約と一〇〇〇万円の根保証契約とを取り違えているのであるから、原告には要素の錯誤があり、本件根保証契約は無効である。

また、被告は、根保証の意味や訴外会社に対する貸付の経緯等を一切説明しなかったものであり、契約当事者として当然尽くすべき説明義務を実行せず、むしろ原告の無知に乗じて原告に署名捺印をさせたものであり、信義則上も被告の反訴請求は許されないというべきである。

4  よって、原告は被告に対し、本訴において、本件根保証債務が存在しないことの確認を求める。

第三  当裁判所の判断

一  原告は、請求原因1、2を争い、乙第二号証中の原告の署名押印部分の成立は認めるが、右署名押印時には同号証の第1条(金額)及び第5条(根保証期間)の各書き込み部分は空白であった旨主張して右部分の成立を否認するので、右書証の成立の真否と併せ、本件根保証契約の成立につき一括して判断する。

1  右のように成立の一部につき争いのある検証物としての乙第二号証、甲第一ないし四号証、乙第一号証、第三ないし五号証、並びに原告・被告双方本人尋問の結果を総合すると、被告は、「アトラス」の商号で貸金業を営む者であり、訴外会社に対し平成八年一〇月から金員を貸し付けていたが、平成九年五月上旬、同会社の代表者である中川から一〇〇万円の追加融資を申込まれ、右時点における貸付がすでに六〇〇万円を超えていたため、中川に対し、新たな保証人を付けることと、今回の保証は従前の貸金をも含めた根保証とすることを条件に追加融資に応じる旨伝えたこと、これを受けた中川は、中学以来の友人で東芝に勤務していた原告に対し、一〇〇万円を借りるについて保証人になってほしいと依頼したこと、一方、原告は、旧知の間柄である中川からの右申入れに応じることとし、同年五月二三日、同人の経営する飲食店に赴き、被告と初めて応対したこと、その場で原告は、まず借入金額が一〇〇万円と記載された金銭消費貸借契約証書(甲第一号証)の連帯保証人欄に署名押印し、次いで、元金限度額の金額欄に一〇〇〇万円とタイプで刻印された根保証契約書(乙第二号証)の連帯保証人欄にも署名押印したこと、その際被告は、原告に対し、今回の保証が一〇〇〇万円の範囲内で保証してもらう根保証である旨の簡単な説明はしたが、右当日までの訴外会社に対する貸付総額について詳細に説明することはなかったこと、なお、原告は、右当日原告の印鑑登録証明書(乙第三号証)を持参していなかったので、後日これを届けてもらうこととしたほか、当日は訴外会社の経営する店で調印されたこともあって、被告が右契約書類の写をとってこれを原告に渡すこともしなかったこと、右一〇〇万円の貸付は、同月二六日実行され、同月二八日原告の印鑑登録証明書が中川を通じて被告に届けられたこと、その後も訴外会社の被告からの借入が続いたので、原告は、同年一一月五日、訴外会社との間に、従前の返済未了の貸付金と新たな貸付金とを加え、合計一六五〇万円の準消費貸借契約(乙第一号証)を締結したが、右の貸付の経緯をその都度原告に通知することはなかったこと、

以上の事実がそれぞれ認められる。

2  右の点に関し、原告は、乙第二号証の金額欄は原告の署名押印時には白紙であったものであり、原告が一〇〇〇万円の本件根保証を認識したことすらなかった旨主張し、原告本人尋問の結果及び甲第四号証中には右主張に沿う供述・記述部分があるが、原告は、その本人尋問において前記甲第一号証については一〇〇万円の金額が明示されていることを確認して署名押印したと供述しながら、乙第二号証については金額が記載されていないのに、特に被告に問い糺すこともなく署名押印したというのであり、右の供述自体不自然である上、仮に原告の供述のように一〇〇万円だけの保証であれば、甲第一号証中の連帯保証人欄への署名押印のみで足りるはずであるのに、これとは別に乙第二号証にも署名押印した趣旨が不明となること、乙第二号証の標題には「根保証契約書」の文言が明確に記載され、右契約書の条項も少なく、根保証の意味についても、その本文中に簡潔に記載されていることにも照らせば、原告本人の右供述・記述部分は信用することができない。

3  右によれば、原告は、乙第二号証の記載内容どおり、本件が一〇〇〇万円を限度とする根保証契約であることを認識して右書面に署名押印したものと認められるから、同号証は真正に成立し、被告と原告間に元本限度額を一〇〇〇万円とする本件根保証契約が成立したものと認めることができる。

また、一〇〇万円の個別保証と一〇〇〇万円の根保証とを取り違えていたとする原告の供述が信用できないことも右にみたとおりであるから、原告の錯誤の主張は採用できない。

なお、前認定の事実経過からすると、被告が原告に対し、根保証の意味を口頭で十分に説明したとは認め難いし、契約当日に契約書類の写を原告に渡さなかったり、右当日までの訴外会社に対する貸付金の詳細を告げなかったなど、被告には貸金業者として本来なすべき行為を尽くしたとはいえない面があるが、他方、仮に原告に根保証の意味について十分な理解がなかったとすれば、その点を確認せずに前記各書類に署名押印した原告にも落度があり、被告の本件反訴請求が信義則に反し許されないものであるとまではいえない。

二  次に、請求原因3の事実中、原告が被告からその主張の催告を受けたことは当事者間に争いがなく、その余の事実は弁論の全趣旨により認められる。

三  以上によれば、本件根保証契約に基づき、前記貸金のうちの元本限度額である一〇〇〇万円と、これに対する催告の日の翌日から支払済みまで前記約定の利率のうち利息制限法の範囲内である年三〇パーセントの割合による損害金の支払を求める被告の反訴請求は理由があるから認容し、右債務の不存在を求める原告の本訴請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、仮執行宣言につき同法二五九条を各適用して、主文のとおり判決する。

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